Z世代が思うこと(一例)

葛藤と建前と空腹

これは私の考え方なんですが、

自分を長時間外界に晒すって相当根気と体力と精神力が必要ですよね。

 

ひとに合わせることが多いからかもしれないし、

自分は空気になるからかもしれないし。

でも自分が気遣った部分には少なからず気づいてもらえないと

いなかったのと変わらないわけだから私がいる意味自体がなくなるし、

ただ大々的に「これしてくれたの!?ありがと~~!」みたいなのは目立つから嫌。

 

雑踏の中通勤するのだって、満員電車で押しつぶされるのだって、香水体臭に耐えるのだって

どれも精神を大幅に削ってる感覚がある。

いくつもある関門を潜り抜けた先で、初めて出社というログインが完了し、

雑務や仕事というデイリーミッションに晒されていく……

帰りも多大なるストレスを感じながら帰宅して、

やりたいことをやれるMPはもう残ってなくて、

HPも真っ赤な状態でお風呂に入ってベッドにもぐる。

 

あまりにも縛られすぎていませんか?

まるで作業ゲームをこなすみたいに、淡々とただ時間を浪費していく生活。

なんのために生きてるんだっけ?

お金を稼ぐことが生きる手段なのに、「お金を稼ぐ」という目的で仕事という手段をとり

毎日朝起きる目的は「仕事に行く」というものにすり替わっている。

なんたる屈辱。お金の浪費には気が付けるのに、時間の浪費には気が付けないなんて。

 

長時間拘束には到底割に合わない薄給なお金を握りしめ、

少し生きるための贅沢にもならない程度の娯楽に投資し、

それでも満たされないまま毎日ログイン(仕事)を達成しに行く。

 

これじゃぁ仕事のために生きているようなものではないか。

 

人生の目的までもが仕事にすり替わっていることに全く気が付けていない。

 

自分がやりたかったことって、押し殺すうちにどうでもよくなって

思い出せなくなっていくと思うんです。実体験ですが。

思い出せなくなるうちに何にも興味がなくなって、

趣味すら忘れてしまうんです。

ふと時間の浪費に気が付けたときに、

せっかく気が付いた浪費時間を満足に自分のために使うこともできなくなっているんです。

 

あぁ、搾取されたんだなって気持ちになります。

あー私今まで何に興味があったんだっけ、

学生の頃あんなに一生懸命描いていたやりたいことってなんだったっけ?

それすら思い出せなくて、虚しくなって、涙を流すしかないんです。

 

仕事って人が嫌なことをやっているからこそ対価としてお金がもらえるんだ、

って言う人いますが

そんなことわかってるんですよ。

わかってるからこそ割り切れない自分に嫌気が指して、生きてる意味ないなって思うんです。

 

生きてる意味は自分で作るものなんだよって言う人いますが

そんなことわかってるんですよ。

それが見いだせないほどまでに搾取された気持ちが大きいんです。

だから立ち直れないんです。

 

じゃあ好きなこと仕事にすればいいじゃんって言う人いますが

それができたら今こんなこと言ってません。

簡単じゃないこともわかってます。好きなこと=お金にならないことだってわかってます。

「仕事って人が嫌なことをやっているからこそ対価としてお金がもらえる」派の人と

一回討論してから出直して来てください。

 

「スマホで一日5分!ポチポチすれば稼げるよ!」って言う人いますが

論外です。私の視界と声が聞こえる範囲から出てってください。

それができるなら日本国民みんな裕福、物価高騰甚だしいでしょう。

 

周りの人が叱られていたり注意を受けていたり、

失敗を繰り返しているのを見るだけでもしんどくなってしまうんです。

どうせ影響されやすい人ですよー。

あまりにも社会生活に向いていない気がする。

 

どうせ払うならちゃんと自分に返ってくることにお金を遣いたいのに、

用途がブラックボックスになっている税金が多すぎる。

政府の肥やしのために働くなんて、やっぱり搾取なんではないか。

いつの間に私は洗脳国家に入会してしまったんだろう…

 

いや、生まれた時点でなのか

 

あーおなかすいたな。でも食欲がないから喉を通る気はしないな…

暑さにやられたかな。ずっと冷房の効いた部屋にいるんだけどな。

-Z世代が思うこと(一例)